eps.2 要介護認定調査その後 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子
2020年12月10日

認識にモンダイがあるのは母だけではない。

母は要介護1と認定された。 家庭のなかで要介護1の老人と暮らすのは、たいへんなことだと改めて実感している。 リンゴがまるごと冷凍されていたり、汚れたお皿が食器棚にきちんと片付けられている、などは日常茶飯事だ。きょうは何日かと繰り返したずねてくるが、返ってくる言葉は
「このごろは何もかも変わってしまって… むずかしいわっ」
時間や予定、季節についても同様の返事。
「世の中が変わってしまった…」
余裕がない時は心で毒づかずにいられない。きっと態度に現れているのだろう。 そういうときは必ず返り討ちにあう。
そんなことは初めて聞かせてもらいました!
ほぉっておいてください!
ワタシジャナイワヨ!
不毛な会話が互いの感情を逆撫でし合い、やり場のない気持ちに包まれながら、やがて私は寝入ってしまう。翌朝ガラリと明るくなった母を見て、こちらが困惑することがある。よどんだ気持ちが転げ落ちる雪だるまのように、どんどん大きくなってしまう。そんなある日、母とお風呂に入ったときのこと。母の髪を洗っていると1円玉ほどの円形脱毛を発見した。わたしにはできていない。疲労困憊するほどの、あのトンチンカンな質問の向こうで母は、こんなにも不安だったのか。つかの間ではあるが認識を新たにした。
認識は忘れがちなので記載しておこう。
要介護1の判断基準例
歩行や排泄はほとんど自分でおこなえる。 日常生活における移動のための立ち上がりや 歩行に助けを必要とする。
日常生活における行為に何らかの助け: 見守りや介助を必要とする。
混乱したり物事が理解できないことがある。
その通り。これらがどういうことなのか、忘れるとどうなるのか、その認識から全て始まるのだ。